施設長あいさつ

           

いきがい村の春2019
石井 正三

原発事故を伴った東日本大震災から8周年を迎えました。2011年3月11日、地震・津波に、原発事故とその後の風評被害も含めた、未曾有の複合災害に直面して全職員の奮迅の活動が続きました。4月11日には直下型地震によって、翌日の再開が再び延期されてしまい、上下水道や電源の修復も得て施設の再開を果たしたのは2か月後でした。
あれ以来、石井脳神経外科・眼科病院や石井医院にケアハウス小名浜そして在宅関連の事業所一式も含めて、私たちはいわきの地域社会と一緒に一旦社会的な死を迎え、そして蘇ったのだと感じています。実は、最初にスタートした病院の開院記念日も、同じ3月11日だったのですから、感慨もひとしおです。この「よみがえり」を支えてくれたのは、幸いに汚染度が海から吹き寄せる風で最小だった事、そして公的な扶助もありました。更に、地域社会からの変わらぬご期待とご支援、再開を果たして地域貢献を継続するのだという、利用者と一体になった職員全員の意識の共有の賜物でもあったと感じています。
時代の歯車は待った無しに動いています。欧米社会を含めても経験したことのないスピードで高齢社会を迎えつつある日本の実情では、一度作った制度やシステムも継続的にアップデートする作業が欠かせません。東北地方では首都圏に先駆けて高齢社会の到来が本格化していました。そこに東日本大震災が起こった訳です。被災三県における復興のスピードは必ずしも早くない、その原因の一つは合計で2万人に達する死亡者の多さと同時に、この高齢社会がコミュニティ丸ごと大きなダメージを受けたという問題が含まれています。
しかも福島県では、地震&津波による物理的破壊に加えて、原発事故によって、相双地区を中心に14万人の緊急避難を余儀なくされ、同時に放射能汚染や風評被害に巻き込まれたのです。
隣接している私たちのいわき市は東北地方で仙台市に次ぐ35万人の人口を擁していますが、一旦自主避難を行った方々も多く、その帰還と相双地区からの避難民の受け入れ、そして原発関連事業と除染の作業員や関連する方々の拠点ともなることによって、リバウンドのような住宅不足やホテル不足に見舞われました。市内北部沿岸地区の復興は未だ道半ばですが、小名浜地区は港湾地区にAEONモールも開店して、他の店舗の震災前以上の賑わいを取り戻しつつあります。
私たちの医療法人 正風会は社会福祉法人 正風会と共に、去る平成30年4月1日をもって医療法人「容雅会」中村病院や医療法人「木田医院」とご一緒に医療連携推進法人「医療戦略研究所」として新たな地域連携の方向を目指して進むことになりました。これまで見てきたように、いくつもの要因を含んだ高齢社会において、震災復興と同時に住民に優しいそして高齢者に優しい街づくりの一翼を担う必要があります。
施設介護と在宅包括ケアを繋ぐ核としての活動を期待されている介護老人保健施設「いきがい村」として、関連多職種と連携して活動を一歩づつ拡げて充実させながら、時代と地域の要望に応えていきたいと考えています。引き続きよろしくお願いできれば幸いです。